ねむい

ねえみんな、ぼくはある秘密を知っているんだ。
 それはね、サトシのランドセルの中に人間が吸い込まれるって言う事。
 最初に人が吸い込まれるのを目撃したのは、サトシと一緒に通学路を歩いて帰るときだった。
「なあ、ケンジ、俺は早く大人になりたいよ」
 サトシはそんな事を言って、ぼくのほうを見たんだ。
 長い髪が風に揺れている、僕が言うのもなんだけどサトシは格好が良い。
 手足は長いし、喧嘩も強い。
 僕が勝てるのは足の速さくらいだけれど、それも、そろそろ負けそうな気がしている。
「そうなの、ぼくは五年生の行事の事しか考えていないけどな、運動会のリレーとか」
 そう返事をして、僕はサトシの方を見た。
 どこにでもあるような閑静な住宅街で、サトシの後ろを買い物帰りのおばさんが通ろうとしている。
 当たり前のようないつもの光景。
 次の瞬間。
 サトシのランドセルから青い手がいきなり一本出てきたかと思ったら、もの凄い速度でおばさんの頭をわしづかみにして中に引き込んでしまったのだ。
 目の錯覚かと思えるような、一瞬の出来事。

「あっ」
 ぼくはいつもかぶっている毛糸の帽子を直して、サトシのランドセルを見つめた。
「なんだ、どうしたんだ、ケンジ」
 まるで何もなかったようにサトシはニコニコとして、ぼくのほうを見ている。
 僕はその微笑を見て背筋が凍った。
 こいつ、分からない振りをしているんじゃあないのか。
 でも、もしかして、本当にぼくの目の錯覚かもしれない。
「いや、今サトシのランドセルに、おばさんが吸い込まれたような気がして」
「はぁー、ケンジ、お前、何言っているんだよ」
「お前なんにも感じていないのか」
「だから、何をだよ」
 サトシは、訳がわからないというような顔をして、僕の方を見ている。
 やっぱりぼくの気のせいなのだろうか。
 ランドセルに人が吸い込まれるなんてあるわけがない。

「いや、ごめん、なんでもないよ、サトシ」
 その後、ぼくはサトシのランドセルを気にしながらも家にかえったんだ。
 だが、うちに帰ると、ぼくの目の錯覚じゃない証拠が待っていた。
「なんですって、内村さんの所のおばさんが、帰ってきていない!」
 夕食を食べている時、お母さんが電話口で大声を上げた。
 その声を聞いて僕はピンと来た。
 内村のおばさん! 
 そうだ、あまりにランドセルに吸い込まれるのが早かったから、分からなかったけど、あれは内村のおばさんだったんじゃないのか。
 でも、それが分かった所で、僕はどうすれば良いのだろう。
「おかあさん、内村さんのおばさんはサトシのランドセルの中に入っているかもしれないよ」
 そんなこと言ったら、信じてくれない上、またお説教を食らうに決まっている。
 それに、サトシのランドセルの中におばさんが入っていると言う証拠がある訳じゃないんだ。
 その辺から何もなかったような顔をして出てくる可能性だってある。

 でも、それから、いつまでたっても内村さんのおばさんは出てこなかったんだ。

「なあ、サトシお願いがあるんだ、そのランドセルの中を見せてくれないかな」
 あれからしばらくして、ぼくは学校の帰り道にある空き地でそう頼み込んだ。
「このランドセルの中、良いけど」
 いぶかしげな顔をして、サトシは背負っていたランドセルを降ろすと、当たり前のようにふたを開けた。
 ぼくの喉がごくりとなる。きっとこの中に何か秘密があるに違いないんだ。
 でも、「な、何もない」入っていたのは普通の学校の教科書だけだった。
 僕のと何にも変わらない。
「何もないよ、なんだよ、人の頭でもはいっていると思ったのか」
 サトシが笑いながら言った。
「でも、ぼくは確かに見たんだ、内村さんのおばさんがこの中に吸い込まれるのを」
ぼくがそう口走るとサトシは顔色を変えた。
「馬鹿言うなよ、ケンジ。本当はおれに文句が言いたいだけじゃないのか」
 そう言いながら、サトシはランドセルを足元に置いた。
「文句?」
「ああ、そうだよ、おれが今回のリレーの選手に選ばれた事が不満なんだろう」
 サトシが詰め寄ってくる。

「そんな事言っていないだろう」
 確かに今回のリレーの選考でサトシが選ばれ、僕は落ちてしまったが、今はそんな事は言っていない。
「それじゃ何だ、内村のおばさんがいなくなったのが俺のランドセルのせいだって、そんな嘘。誰が信じるんだよ、いちゃもん付けるのなら、もっとまともなのを考えたらどうなんだ」
 そう言ってサトシがぼくの胸倉をつかもうとしたとき、そのサトシの頭を何かがガシリとつかんだ。

「んっ」
 サトシがそう言って、眼をうえに動かした。
 ぼくが見たのはここまでだった。
 次の瞬間、サトシはランドセルの中に吸い込まれてしまったんだ。

「うわああああ、さ、サトシ」
 サトシを助けないと。
 僕は震える足を無理やり押さえつけながらも、何とかランドセルのもとに向かい、ふたを開けた。
 だけど、何もない、さっきと同じように教科書しか入っていない。
 いない、サトシはいない。
 吸い込まれる瞬間に口が大きく膨らんだけれど、今、確認しても普通の革で出来ていて、広がるような素材じゃない。
 そこまで確かめた時、僕はあることに気がついた。
 今度ここから青い手が出てきたら次は僕の番じゃないのか。
 も、もうだめだ。これ以上ここにはいられない。
 僕は即座に立ち上がると、サトシのランドセルを空き地に置いたまま家に向かって走り出してしまった。
 情けないって笑いたかったら笑え、僕はこの時あの恐怖にはとても耐えられなかったんだ。

 な、なんなんだよ、あのランドセル。
 まるで人食いランドセルじゃないか。
 ぼくは家に帰り部屋に入ると、扉をバタンと閉めてズルズルとドアにもたれかかる。
 あのランドセル空き地に置きっぱなしで良いのかな、また誰かまた犠牲になるんじゃないのかな。それにサトシの事を誰かに言わないと。
 ぼくはそう考えながら、背負っていた自分のランドセルを降ろした。
 その時、違和感を感じた。
 なんだ? 何かおかしい、ランドセルを確認する。
 すると、名前の欄に、
 こじまさとし。
 と、書いてあった。

 それを見た瞬間、僕の喉がひくっと鳴った。
 なんで、なんでだよ、これはサトシの人食いランドセルじゃないか。
 そう思って、ランドセルを部屋の中央に向かって投げ出す。
 するとその大きな音が聞こえたのだろうか「なーに、なにがあったの」と、お母さんの心配そうな声が、部屋の外から聞こえてきた。
 だめだ、この部屋にお母さんを入れるわけには行かない。お母さんまでこのランドセルに食べられてしまう。
「な、なんでもないよ」
 ぼくは部屋の中から返事をした。すると安心したのだろうか、母さんの足音が遠ざかっていく。助かった。いや、助かっていないんだ。
 このランドセルを、早く何とかしないと。

 ぼくは、机の引き出しから縄跳びの紐をだした。
 これで、あのランドセルをしばって、どこか遠くに捨てにいかなくては。
 ぼくは、すぐさまランドセルの側に膝まづいた。
 手が震えている。
 いま、ランドセルから手が出てきたらお終いだ、ぼくも吸い込まれてしまう。
 だが、今やらなくては、犠牲者が増える一方だ。
 勇気と言うよりも、追い詰められた恐怖が僕の体を動かしていた。
 ふるえる手で、縄跳びの紐でぐるぐる巻きにする。
 よし、これでいいだろう。
 少し安心して、身を起こした時。
 バチ、バチ、バチ、バチと言うすごい音共に、縄跳びの紐がはじけ飛び、ランドセルの蓋が開いた。
 まずい、手が出てくるぞ。
 僕がそう考えたのと同時に、ランドセルから青い手が出てきてぼくの頭をつかんだ。
 すごい力だ。頭が割れてしまいそうだ。
 そのまま、ぼくを連れて行こうとする。
 だめだ、ランドセルに食われる。
 すると、ぼくの頭をつかんでいた手が、いつもかぶっている毛糸の帽子で、ずるりと滑った。
母さんが編んでくれた毛糸の帽子。
 それだけをつかんで青い手はランドセルの中に消えた。
 た、助かった。
 は、はやく、はやく、このランドセルを捨てるんだ。
 ぼくはランドセルのもとに駆けつけようとした。
 だがそれよりも早く、ランドセルの蓋が、またゆっくりと開いた。
 まず、僕の毛糸の帽子が出てきた。
 そこで僕の動きが止まってしまう、逃げなくてはいけないのが分かっているんだけど、目の前の光景に釘付けになってしまったように、足が動かない。
 毛糸の帽子に続いて、それをつかんでいる青い手がランドセルから出てきた。
 手、腕、肩、そこまで出てくると、次に頭が出てきた。その顔はまるでイルカのように見えた。
 そして、その目がぎょろぎょろと、何かを探すかのように動いた。
 イルカは腰を抜かして動かないぼくに目を止めた。
 い、た。
 そう喋ったような気がした。ずるりずるりと、そのまま全身を現してきて、人間のように立ち上がる。
 イルカ人間だ。
 そして天井よりも高いだろう頭をぼくのほうに降ろして、バカリと大きな口を開いた。
 歯がいっぱいあった。
 殺される、いや、生きたまま食べられてしまう。
 ぼくの視界いっぱいに、イルカ人間の体がのしかかってくる。
 その時、ドンッという大きな音がして、イルカ人間の動きが止まった。
 どうしたんだろう、そう思っているとイルカ人間がドサリと倒れた。
 向こう側が見える。
「危ねえ、危ねえ、間一髪だったな、怪我は無かったかい、坊主」
 そこには戦士がいた。
 こんがりと焼けた肌、ぼさぼさの髪の毛、幾度の戦いを潜り抜けたであろう傷だらけの体、そして野球のバットのような銃らしき物を持っている。
 すばらしく立派な戦士だ。
「悪いな、おそくなったな」
 戦士はそう言いながらイルカ人間の足をつかみ、ランドセルの方に引きずって行くと、
 ランドセルに手をかけた。
 するとランドセルの口が大きくなった。
 戦士は大きくなった口に、イルカ人間を軽々と投げ込んだ。
 ランドセルはいとも簡単にイルカ人間を飲み込んでしまう。
「あ、あなたは誰なんです」
 僕は震えながらもたずねた。
「俺、俺は」
 その戦士は一瞬考えるような顔をして続けた。
「異界の国の人間だよ」
「異界ですか」
 もしかすると、このランドセルの先はどこか違う国につながっていたのだろうか。
「ああ、そうだ、だが、そんな事どうでも良い、それよりも、もう二度とこのランドセルが悪さをしないようにしておくから安心しろ」
 そう言って戦士は小さなビンをふところから取り出すと、ランドセルに向かって中の水を振りかけた。
「これでいい、もうここから何か出てくることはないだろう」
 そう言いながら、戦士は僕のほうをチラリと見ながらランドセルの中に片足を突っ込む。
 そして言った。
「健二、俺の代わりにリレーがんばれよ」
 と、そのまま戦士はランドセルの中に消えてしまった。
 リレー? 
 リレーの事を知っていると言うのはサトシだけだ、それじゃ、あれはサトシ、サトシだったんじゃないのか。
 ぼくはそう思って、ランドセルに駆けつけた。
 そう言えば何かの本で読んだ事がある、異界は時間の流れが違うと。
 きっとサトシは向こうの世界に行って大人になっていたんだ。
 ぼくはランドセルを開ける。
 だが、サトシである戦士が言ったように、すでに普通のランドセルに戻ってしまっているようだ。
 もしかすると、サトシはぼくを助けに来てくれたのかな。
 ありがとう。
 ぼくはランドセルを見つめながら、大切だった友達の事を思って泣いた。
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by moresouda | 2007-03-24 06:09 | リアル日記
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